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循環者[サーキュローグ]の姿を可視化する。  私たち、資源問題に関するリサーチ集団ATOWは、そんな標語を掲げています。

水という資源の循環について考えるとき、素朴に思い浮かべるのは川や湖ではないでしょうか。事実、**年間150億㎥にも及ぶ日本の水道水源の7割以上を占めているのは、河川水やダム湖沼水を含む「地表水」**です。私たちが日常的に使用する水の大半は、その量や流れを直接目にすることができる水源から汲み上げられています。

しかし、地球上に液体として存在する淡水資源(つまり氷河を除く)のうち、地表水が占める割合はわずか1%程度にすぎません。残りの99%は地面の下に存在しているのです。こうした地下水は井戸などで汲み上げられ、水道水源やボトル水などのほか、様々な産業にも利用されています。たとえば日本酒の製造も、そんな産業のひとつです。

今回ゲストにお招きした総合地球環境学研究所の藪崎志穂先生は、地下水の専門家であると同時に、それを利用した日本酒づくりにも詳しい研究者です。藪崎先生のお話を伺い、関連する日本酒のテイスティングも行うことで、目に見えない地下水の性質に思考と五感の両面から迫ろうとしました。

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地下水から見えてくる水循環の姿

「“灘の男酒、伏見の女酒”という言葉を耳にしたことがある人もいるかもしれません。これは日本酒の醸造に用いる仕込み水の水質と、お酒の味の関係を示す言葉なんです」

そう語る藪崎志穂先生は、日本各地の地下水について現地調査と分析を行う、地下水学・同位体水文学の専門家です。

「地下水の水質組成は多様で、地質や地形条件の影響を受けます。つまり、地下水は各地の風土を反映しているといえるでしょう」

写真:吉屋亮(以下注記なければ同様)

写真:吉屋亮(以下注記なければ同様)

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藪崎 志穂(総合地球環境学研究所 基盤研究部 上級研究員) 専門は同位体水文学、地下水学。日本各地の地下水(井戸水・湧水)について調査するほか、その水質が日本酒に与える影響に関する研究にも参加。筑波大学大学院 生命環境科学研究科 地球環境科学専攻 博士課程修了。これまで宇都宮大学、筑波大学、立正大学、福島大学、京都精華大学でも研究・教育活動に従事。 $\tiny ^「地質に対応した日本酒仕込み水の水質分析体系化によるテロワール・ブランディング」$

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藪崎先生によれば、私たちの身の回りの水は学問的には「地表水」と「地中水」に分けられ、地中水の範疇に「土壌水」と「地下水」が含まれているそうです。地中の微細な隙間(間隙)は空気と水で満たされていますが、下に行くほど水の割合が大きくなり、それが100%になる深さが「地下水面」と呼ばれます。それよりも上に存在する水が土壌水、下に存在する水が地下水と定義されるということです。

「地下水面の深さは地形や地質の特徴によるので一概には言えません。たとえば扇状地を例にすると、扇央部(扇状地の中央付近)では地下水面は深い場所にあることが多く、一方扇端部(扇状地の末端)では地下水面は相対的に浅くなることが多いです。また、海や湖沼の付近では地下水面は浅くなる傾向があります」

日本列島(一部)の地質図。例として関東地方の黄緑色は新生代第四紀の堆積岩(関東ローム層)、その北の福島県周辺の赤色は中生代前期白亜紀の火成岩を示す
産総研地質調査総合センター, 20万分の1日本シームレス地質図V2 より

日本列島(一部)の地質図。例として関東地方の黄緑色は新生代第四紀の堆積岩(関東ローム層)、その北の福島県周辺の赤色は中生代前期白亜紀の火成岩を示す 産総研地質調査総合センター, 20万分の1日本シームレス地質図V2 より

そんな地下水の状況を捉えるため、藪崎先生は各地の井戸水や湧水を採取し、現地や実験室で様々な項目を測定しています。それは水が飲用可能かどうかを判断するための指標というよりも、地下水の動態──つまり隠された水循環の姿を知るための指標です。

「たとえば水温を測ることで、帯水層(地下水の層)の違いや、地下水がどの辺りで涵養されたのかなどを知ることができます。河川や湖の水温は気温の影響を受けて年変化が大きいですが、地下水の温度は年間を通じてほぼ一定しており、その地域の年平均気温に近い値を示します。そのため、汲み上げた水が地下水なのか、どこかの地表水が地下に少し溜まっているだけなのかといったことも、水温から判断することができます」

ほかにも、EC(電気伝導率)からは水に溶けている電解質(イオン)の量が分かるので海水の混入などを推測でき、pH(水素イオン指数)からは地下水が存在する地層の種類などを知ることができます。代表的なイオンや微量元素、安定同位体や放射性同位体の値からは、その地下水の涵養域(地表から浸透して地下水面に達した地域)や地中での滞留時間も推定可能だそうです。

「日本で私たちが利用する地下水は滞留時間が100年以下のものが多いですが、大陸部の深い地下水は10万年にも達する場合があります。複数の項目で水質を測って情報を組み合わせることで、見えない地下水の流れや年齢すらも知ることができるのです」